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量興寺(多哥寺遺跡)
量興寺(多哥寺遺跡)
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650年頃に推古天皇の勅願寺として建立されたと伝えられる多哥寺の後身です。平安末期に藤原顕頼が再興し、高倉天皇の母君の寺として寺格が高まり、量興寺となりました。これまでの調査で、南大門、塔、金堂、回廊、鐘楼、参道が確認されており、多哥寺が播磨地域で最古級の寺で、多可郡の中心となり郡を代表する寺院であったことがはっきりしました。東西64?、南北約80?の大きな規模を持ち、四天王寺と同様の伽藍配置のお寺でした。12世紀には九篠家の荘園となって、僧房や食堂はとりこわされて水田になりました。現在、多哥寺跡に立つ量興寺には、巨大な塔心礎が残り、出土した瓦から、播磨地方でも最古の寺院のひとつに数えられています。また、梵鐘鋳造の遺構は奈良時代のもので、町の指定文化財に指定されています。
町指定有形文化財 多可寺梵鐘鋳造遺構
http://www.takacho.jp/nakafureai/bonsyou.html
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